2020/09/02 21:23

タイ前国王が亡くなった時、私は偶然バンコクにいた。多くのタイ国民が涙し、国中が悲しみに溢れていた。何万人、いや、何十万人もの人々が一斉に黄金色に輝く王宮の周りに集まり、そびえ立つ白い壁に花を捧げ、前国王への感謝の祈りを捧げている。我を失い取り乱す老人もいれば、その悲しみを心の奥深くにしまって気丈に振る舞う若者もいた。あまりにも多くの人達に囲まれて全く身動きが取れなくなっていた私は、王宮を眺めながら、これほどまでに国民に愛される王とは、どのようなお方だったのか、ただ想像することしかできなかった。
突然、空が唸り声をあげ、大雨が降りだした。王宮を囲っていた何十万もの人々が、一斉に屋根を探して走り出す。そこへ一人の僧侶が現れた。彼の前には突如海が割れたかのように道が開かれ、滝のような大雨の中をたった一人だけ、ゆっくりと歩いている。私はまるでモーゼを見ているようだった。次の瞬間、空が雷鳴と共に光り、轟音と共に雷が王宮に落ちた。同時に大地が大きく揺れるのを感じた。それはこの国が新しい時代へと変わる合図だったのかもしれない。ふと周りを見渡すと、僧侶はいつの間にかいなくなっていた。